世界一小さな物語

檸檬色のトラウマ@自称数学研究会の永久機関

注意:このレポートは筆者の力量不足で非常に読みづらい上、中身も一般的に難解とされています。クオリティとしてはこれを読んでもせいぜい内容が分かった気になれるくらいのものです。それでもかまわない方はこのまま読み進めてください。

序章

今手元にコップか何かに入った水があるとしよう。その水は \( \ce{H2O} \) 分子の集まりである。さらに各分子は酸素原子と水素原子二つに分けられる。また、その原子も陽子と(水素原子の大半以外は)中性子からなる核と電子に分割できる。物理的な意味で、物質は我々の手でここまで分解できるのである。だが、実際のところ陽子と中性子はさらに細かい部品からなっていることが分かっている。もっとも、この部品レベルに陽子と中性子を分解することは不可能ではあるが。要するに下図のとおりである原子の中心は陽子と中性子8つだが、描くのが面倒なので略されている。

こういうサイズになると、物質は直観では想像できないような振る舞いをする。たとえば、何かの拍子に壁をすり抜けられたり、実際に粒子がどこにあるのかは知ることができなかったりとかするわけだ。こういうのを見ると寒気がするタイプの人も多いと思うが、もちろん私は一目ぼれである。だからこそ知ったかぶり然とした内容でもこれを書きたくなってしまうのである。というわけで、これから私は小さな「別世界の」話をしようと思う。

原子、そしてその欠片

原子の存在に行き着く経緯については、「ブラウン運動」とか、「ティッシュに撃ち込んだ弾丸が跳ね返ってきた」とか、語りたいことが腐るほどあるが、残念ながらそんな余白など与えられそうにないので割と大事なその二つについて軽く語ってあとは検索してもらう、という方法をとることとした。

ブラウン運動は水の入ったビーカーに微粒子を入れると「無作為に」運動する現象だが、それを説明したのは実はアインシュタインだったりする。実はこれ、水分子が微粒子に衝突して起こっているというのである。実際に原子を見せるなんて真似ができなかったことから、実はアインシュタインによりこれが説明されるまでは原子説は実証されていない、というわけで20世紀までは原子説は今ほど広まっていなかったのだ。彼はこの論文を出した年に他にもいくつか論文を出している。特殊相対性理論とか\(\ce{E=mc^2}\)とか光量子仮説とか、とにかくすごい論文の数々については、また「余白」の都合でカットである。申し訳ない。

電子は元々真空中に電気を通していたところ何か負の電荷をもった粒子が中を通っているということで発見され、その電荷を帯電した油滴の電荷の最大公約数を計算して求めたりもされている。後にこれが原子由来のものと判明するわけである。

「ティッシュに撃ち込んだ弾丸が跳ね返ってきた」とは、ラザフォードが自身の行った実験に対して述べた感想である。実験は金箔(めっちゃ薄い)にアルファ粒子(ヘリウムの原子核)をたくさん撃ち込むというもので、原子は均等に正電荷を持ち、中に電子が埋まっている(すでに電子の存在は実証されている)、という仮説のもとアルファ粒子は少しずつズレると予想したラザフォードだが、この予想は大いに裏切られたのだ。実は中にあるのは原子核という非常に小さな正電荷の塊で、あとは何もない。おびただしい数の粒子の一つまみだけが反対側に返ってきたのだ。そんなスカスカな原子の構造に対する驚きを込めた一言がまさに「ティッシュ(以下略)」なのである。

ほかにも色々と原子やほかの諸々については土台となる研究があった。私が紙を節約せざるを得ないため、申し訳ないが、詳しくはグーグル先生にでも尋ねてほしい。

素粒子

電子は実は素粒子である。

質量が存在するとかで近年話題になったニュートリノも素粒子である。
ただし、陽子や中性子はさらに「アップクォーク」と「ダウンクォーク」に分けられるので、素粒子ではない。

他の素粒子は不安定ですぐ他のものに変化するので自然界で圧倒的に多いのはこの「アップクォーク」と「ダウンクォーク」、電子、ニュートリノ3種類くらいであろう。ものによっては存在を仮定しないと自然界の事柄と合致しないという理由で存在することにされたものもあるが、のちに加速器を用いた実験で実在すると証明されているものも多い。昨年言及した力を伝える粒子のうち重力子は存在こそ予言されているが観測されておらず、そういう未観測粒子も数多くある。

実はもっと細かい粒子があったり、どの粒子もある滅茶苦茶小さなひもの一形態だったり、より細かい構造が存在するという説もあるが、正直私にもよくわからないので割愛する。

奇妙な世界

ここまで小さな粒子の話ともなると、我々の常識は通用しない。この常識はずれな世界を取り扱う学問が量子力学である。例えば常識の範囲内では物は常にある場所にしっかりと「存在」する。例えば、先述のコップはどこか、と訊かれたとして机の上、と断言できるようなものだ。しかし、量子力学では、あの粒子はどこか、と訊かれても断言できないのである。「ここかもしれないし、あそこかもしれない。でも、こっちにある確率の方が高い。」くらいにしか断言できないし、知りようがないのである。そのため、観測はある程度ぼんやりしていた「ここかもしれないゾーン」を狭めるくらいしかできないのだ。だが、観測をやめるとすぐに「ここかもしれないゾーン」は元に戻る。

さらに言うと、粒子がどれくらいの速さで動いているかさえもはっきり分からないのである。これは場所を知るのに必要な観測という動作特有のものでもある。たとえばりんごを見るとき、私たちはりんごで反射した光を見ていることとなる。ただし、物が小さいと光によって運動が乱されたり、場所を知るにはエネルギーが足りなかったりするのである。だからどっちかは分からなくなるのだ。

「測定において位置の誤差と運動量(速度×質量で表される値)の積は一定以上になる」という原理が存在する。現在は反例が示されているが、大まかな方向性は合っているようである。これだけではかなり分かり辛いだろうが、かいつまんで言うとこうなる。

「実際に観測するまで粒子の位置が分からないうえに、観測しても誤差からは逃れられない。運動量についても同様。次頁の図のとおり。」

「ここかもしれないゾーン」はときにコップを貫通する

こうなるとだいぶ厄介なことが起こる。「ここかもしれないゾーン」は時に壁(十分薄い)を超えるのである。その場合、何回か観測するうちに粒子が壁抜けするのである。これはトンネル効果と呼ばれるが、これは量子力学を代表する奇妙な結論の 1 つといえよう。上に例を示す。

世界一美しい実験

この「ここかもしれないゾーン」だが、場合によりこんなことも引き起こす。

二つの隙間が開いた壁に電子を打ち込んだと仮定しよう。このとき、電子はいずれかの壁を通ることとなる。しかし、観測するまでは二つの隙間のどちらを通った確率も存在する。その場合、この電子は二つの隙間を同時に通過したことと同義に解釈できるのである。粒子の検出確率は波のようなグラフを描くので、この状態を「波の状態」と呼ぶこともあるのだが、この「検出率の波」は干渉しあうこともあるのだ。

それにより、電子自身の検出率の波同士が干渉することで何度も電子を打ち出した際に独特のパターンができる。つまり、自分自身により電子の検出率が変わるわけである。「で、電子はどっちを通ったんだ?」と思う方も多いだろうが、実際にそれを観測すると、電子の飛び方は直線的なものに戻るのである。つまり、同時に通ったからこそこんなパターンになるのだ。

私の能力上細かい計算はできないが、要するに右図のとおりである。下のグラフの色のついた部分と上の同心円は対応するので、同じ色の部分の重なった箇所は検出率が上がり、色の違う部分の重なった箇所からは粒子が全く検出されない。何度も電子を打ち出した際のパターンが右側に示されている。

こんな常識はずれな結論を示した実験だが、ちゃんと名前もある。「電子の二重スリット実験」だ。ある科学誌で行われた「世界一美しい実験は何か」という人気投票では我々の物質観を見事に、明白な方法で打ち砕いたという点を評価され堂々の一位を取っている。

補記および何が言いたかったのか

ここまで論じたことは確かに本当だが、そのスケールは非常に小さいものなので、我々の世界ではこういう効果を気にする必要性はほとんどない。しかし、天文学的確率とはいえ、なんともなしに寄りかかった壁を誰かがすり抜ける可能性は一応存在するのである。

我々の世界とは一見無関係に見えるこの学問だが、実はコンピューターが量子力学の賜物だったりするなど、我々の生活とどんどんと密接になっている。実際のところ他にいい例が思いつかないが、これからの時代、ここで述べたような結論が生活上の様々なことに役立つことだろう。

そういったものを支えている実に奇妙な法則を知ることも、もしかすると読者の生活を充実したものにする一助になるかもしれない。

出典

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